いつも楽しくブログを拝見している、美術ブロガー・明菜さんがこのような記事をアップしておりました。美術好きの層の広がりになぜ批判が集まるの?インスタ、ビジネス、健康とアート : アートの定理美術の広がりが私には見えている話。アートの定理をいつも読んでくださる方は、美術館が大好きな方がほとんどだと思います。月に4theory-of-art.blog.jp

まずは↑の記事を一読していただければと思うのですが、プロローグを一部引用させていただければと思います。

アートの定理をいつも読んでくださる方は、美術館が大好きな方がほとんどだと思います。
月に4〜5回行くくらい、普通な人も多いでしょう。
残念ながら、あなたは結構な変わり者…
ですが、少しずつ美術を好きなファン層が広がっていると感じています。
一方で、美術業界の内側の人や美術ファンから、なぜか広がりに対しての批判も見受けられます。
せっかく美術ファンを増やすチャンスなのに、なぜ批判が生まれるのか、私にはさっぱり分かりません。

つまり、昨今アートファンを増やすための活動が各地で実施されているのに、それに対する批判が生まれている、とのこと。

「えー?なんで?」「ファンが増えるのはいいことじゃん!」「これだから古参は…」といった意見も生まれてきそうです。

ではこの記事を読んで感じたことと、私の日頃行っている「ミュージアムグッズをきっかけに博物館の面白さを広める活動」とのつながりを書いてみようと思います。

批判している人はどんな気持ちなんだろうか?

まずはここですよね。批判している人たちは何で批判しているんだろう??ということ。ちょっと私なりに考えてみました。

明菜さんの記事で下記の本が取り上げられておりました。

シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略www.amazon.co.jp1,400円(2020年01月22日 16:28時点 詳しくはこちら)Amazon.co.jpで購入する

若者に人気の森美術館、そのSNS戦略が紹介されており、「他の人に見せたくなる、紹介したくなる美術=シェアする美術」として、美術館プロモーションの裏側を描き出しています。

この本を読んだ私のぶっちゃけた感想、それは、「この本を書いた人…博物館教育論とか博物館情報論とか、どれだけお勉強してからこういう話してるんだろうね?」です…何様ですか?と言われちゃいそうですが、だってそう思っちゃったんだもん。

この本でいう「美術好きの広がり」とは、つまり「SNSなどの特定のプラットフォームの中でいかにヒットさせるか」であって、美術館が求めている「普及活動」とは本来的に別なものだと思うんですよね。

例えばですが、文部科学省の『これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議(第1回)』の配布資料、『「新しい時代への博物館の視点」 【8】教育普及・学習支援』の中の一文を見てみましょう。

博物館は、使命を達成するために必要な教育普及活動を計画的に実施し、人びとの知的な刺激や楽しみを分かち合う。また生涯学習の拠点として、人々の自発的な学習を支援し、学校教育と連携する。

これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議(第1回)配付資料 [資料3−(6)] 「新しい時代の博物館への視点」 【8】教育普及・学習支援−文部科学省www.mext.go.jp

え?SNSは広報活動だって?じゃあ同じく配布資料の『「新しい時代への博物館の視点」 【9】広報、市民参画・連携』の中の一文を見てみましょうか。

博物館は、人びとと対話し、参画と連携を進めることで、地域や社会から信頼と協力を得て、利益を共有する。

これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議(第1回)配付資料 [資料3−(6)] 「新しい時代の博物館への視点」 【9】広報、市民参画・連携−文部科学省www.mext.go.jp

さてどうでしょう。少なくとも私は博物館教育や博物館広報をこのように捉えています。なので、この本で行っているようなことを、そのまま「普及活動」と言ってしまうようじゃあ困る、ってことかもー?と自己分析してみました。

なので、「美術の広がり」そのものを批判しているというよりは、「てめぇのその広め方、大衆を煽っているだけで普及活動の体を成していないじゃねえか!」ってことだと思うんですよね、勝手に。どうだろう。違うかな?批判している人たちだって、自分たちのやり方、自分たちの考える美術を打ち出しているのだろうし。

(まあそもそもの話をしてしまえば、森美術館は収蔵品をもたない美術館ですし、地域に根差す作家を研究し展示で紹介する公立美術館とは性質が異なるので、このような本が出せてしまうのかもしれません)

ミュージアムグッズも無関係じゃない

「え、大澤はミュージアムグッズのことやってんのに、バズらせて集客することに批判的なの?」と言われちゃいそうですね。

ミュージアムグッズには様々な役割があります。特に首都圏のブロックバスター展と言われる大型企画展では、その役割の中でも「収入源」「広報の一環」としての役割が非常に色濃いです。私は、その特定の役割があまりにも色濃すぎることに危機感を覚えています。

(#゚Д゚)「展示の内容と無関係なキャラクターやイラストレーターとコラボしたグッズばっかり取り上げられて、SNSでバズって。ぶっちゃけうんざりです。作ってる人、誰か一人でも博物館経営論の文献にある「ミュージアムグッズ」の項読んだりした?てめぇのそのグッズからはちっとも展示から得たことを持ち帰れないし、来館者が新たな価値を再生産するための取組みにつながらねえじゃねぇか!!結局雑貨や文房具の文脈に回収されてることに加担してどうすんだよ!!」

…お気づきですかね、先ほどの「美術の広がり」の話と似ていませんか?

私の中にもあるんです。ミュージアムグッズという形で、

昨今の取組み(SNSなりインスタなりビジネスなり健康なり)
vs
本来的な普及活動

っていうのが。

「グッズから興味湧く人もいるかもしれないし、キャラクターとのコラボだってそのきっかけに過ぎないじゃん」

「いやいや、だからそこからどうやって展示の学びを持ち帰るの?展示に出てくることもないグッズ買って何が「興味」だよ!」

という意見が常に私の中でせめぎ合っています。

今回は「美術の広がり」についてお話をしてみましたが、これを読んでいる皆さんの愛好するもの、どこにだってこの話はあることだと思います。

じゃあどうすればいいのさ?

これはもう、正解はないです。それぞれの立場で、それぞれの「許せる境界線」があって、その線引きに絶対的な正解なんてあるわけがない。

だから、自分の引いた線にいかに価値があるのかを自分の活動で示していくしかない。他人の引いた線にたまに文句つけつつも、そこは自分の活動に説得力を持たせてこそ、と思うんです。

個人的には明菜さんのブログでここ、すごくいいと思いました。

美術を信じるなら、一見さんを常連さんに変えるくらいのこと、できると思いませんか。
ただのワンクッションなのだから、温かい目で美術が広がっていくのを眺めてはいけませんか。

それぞれが自分と志を同じくする人たちを大事にしつつ、違う線引きを持つ界隈をパトロールして文句もつけつつ、もっと言えば、「どうすれば違う界隈のこの人たちを、自分の方に引き寄せることができるのか?」ぐらいの、リクルートしちゃう余裕があってもいいよね、と反省したり…。

批評家の皆さんは批評することがお仕事だから臆せず言わなくてはいけないし、私は私で「じゃあお前の考える本当にステキなミュージアムグッズって何なんだよ?」という問いに答え続けなければなりません。

なので皆んなお互いに立場の違いがあって、引いている線の違いがあるので、そこの前提を踏まえながら闊達に議論していきませんか。私はしたいです。別に相手は親の仇ではないのだし。と思います。

おわりに

いかがでしょう?明菜さんのブログを読んだ私の感想でした。

日本の経済なんてオワコンなので、間口が広がるのは生存戦略として正しいのではないかと思います。

明菜さんのブログで↑も「そうなんだよねぇ~」と思って見てました。不景気で人口減、ミュージアムグッズにとっても他人事じゃない危機ですよ。

間口が広がることそのものを否!とするのか、そのやり方がクソ!とするのか、まあ意見は多々あると思いますが、私はミュージアムグッズに生き残ってほしいし、博物館を必要としてくれる人の割合が増えたらいいと思っています。そこは変わりません。

なので、自分はどうすべきなのか?ってことを頭に入れながら日々の活動の中で示していかないとね、という感じで閉めたいと思います。

考えるきっかけをくださった明菜さん、ありがとうございました!!

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